障がい者福祉の課題解決は、一社の力だけでは成し遂げられません。だからこそKINOPPIは、志ある仲間を全国に増やすことを選びました。私たちが立ち上げた【障がい者グループホーム経営サロン】では、福祉経験の有無にかかわらず、“暮らしを支える覚悟”と学ぶ姿勢を持つ方々が、経営者としての一歩を踏み出しています。
目指しているのは、「想いだけ」で終わらせないこと。支援を“続く事業”へと昇華させる実践者を育てることです。
今回はサロンから経営者となった仲間の一人、倉橋さんのインタビューです。
誰か一人が支えるんじゃなくて、みんなで少しずつ支えればいい。
フィジーで知った“ビレッジ”の感覚を、障がい者グループホームで実践する理由

「福祉って、“専門職だけがやるもの”じゃないと思うんです。」
そう語るのは、京都で障がい者グループホーム「ケレケレの家」を運営する倉橋さん。
青年海外協力隊としてフィジーで活動した後、教員、不動産賃貸業を経て、現在は“地域で支え合って暮らす仕組み”づくりに取り組んでいます。
ケレケレの家には、地域のお母さん世代や大学生など、さまざまな人たちが自然に関わっています。
目指しているのは、“専門職だけが支える福祉”ではありません。
それぞれが、できることを少しずつ持ち寄りながら支え合うこと。
その価値観の原点には、フィジーで感じた“ビレッジ”の感覚がありました。
今回のインタビューでは、倉橋さんが考える“地域で暮らし続けられる社会”と、その実践について伺いました。
「ケレケレの家」が目指しているもの

京都で運営しているグループホーム「ケレケレの家」。
そこには、地域のお母さん世代や大学生など、さまざまな人たちが自然に関わっています。
倉橋さんが目指しているのは、“誰か一人が支える”福祉ではありません。
それぞれが、できることを少しずつ持ち寄りながら支え合うこと。それが倉橋さんの福祉です。
倉橋:障がい者支援って、“専門職だけがやるもの”みたいに思われがちなんですけど、本当はもっと地域の普通の人たちが関われるものなんです。
実際、ケレケレの家では、学生スタッフも多く働いています。
倉橋:最初は不安そうだった学生も、“やってみたら普通に楽しいです”って言ってくれることが多いんですよ。支援する側が増えていくためにも、“まずバイトで知る”ってすごく大事な入口だと思っています。
最近では、マンションタイプのホームもスタート。
たまたま同じマンションに住んでいた大学生がスタッフとして応募してきたことから、“マンション全体で利用者さんを見守る”ような可能性も感じているといいます。
倉橋:例えば、学生が同じマンションに住みながら、ちょっと支援にも関わるような形がもっと広がったら面白いなと思っていて。支援者不足も解消できるし、学生側も“人と暮らす力”とか、“誰かを支える感覚”を自然に学べる。福祉って、特別な場所でやるものじゃなくて、地域の暮らしの中にあるものだと思うんです。
また、“家庭のような空気”も大切にしているそうです。月に一度は、世話人さんたちがカレーやとんかつなどの手作り料理を振る舞う日もあります。
倉橋:お米は食べ放題なんです(笑)。結局、お腹いっぱいになれて、“帰ってこれる場所がある”って、それだけでも幸せだよなって思っていて。
家族みたいな雰囲気は、やっぱり大事にしたいんですよね。
こうした価値観の原点には、学生時代のある経験がありました。
「人とのつながりが、一番幸せなんじゃないか」

倉橋さんの価値観の原点には、学生時代のヒッチハイクの経験があります。
倉橋:日本一周をしたことがあって、たしか300台くらいの車をつないだんです。乗せてもらうだけじゃなくて、“これ飲みや”ってジュースをくれたり、すごく人の優しさに触れた時期でした。
受けた優しさを、今度は別の誰かへ返していく。
倉橋さんは、その感覚を“恩送り”という言葉で表現します。
倉橋:直接その人に返せなくても、別の誰かに返していく。そういう循環が地域の中にあるといいなと思っているんです。
その後、青年海外協力隊としてフィジーへ渡ります。
そこで強く感じたのが、“ビレッジ”の感覚でした。
倉橋:フィジーって、“村でみんなで生きている”感覚がすごく強いんです。お互いが、自分にできることを補い合いながら成り立っている。便利さとか豊かさとはまた違う、“自分の居場所はここだ”“帰ってくる場所はここだ”っていう安心感があるんですよね。
日本では、“あまり干渉しないほうがいい”という空気もある。
でも本来、人は誰かとのつながりを感じられることに幸せを感じるのではないか—。
その感覚は、現在のグループホーム運営にもつながっています。
「居場所を見つけづらい人がいる」——グループホームとの出会い
帰国後は日本で教員として働き始めます。
しかし、学校現場でさまざまな子どもたちと向き合う中で、“社会の中に居場所をつくること”への関心が強くなっていったといいます。
倉橋:学校って、“今”を支える場所ではあるんですけど、その先の人生までは支えきれない面もあります。特に、社会とのつながりが少なくなりやすい人たちに対して、“地域の中で暮らせる場所”が必要なんじゃないかっていう思いが、ずっとありました。
その後、不動産賃貸業に関わる中で、障がい者グループホームという事業を知ります。
倉橋:世の中には、“居場所を見つけづらい人”がまだまだたくさんいるんだということを知って。話を聞いていく中で、“これ、自分がやりたかったことにすごく近いな”と思ったんです。
「福祉経験がない自分でもできるかもしれない」と思えた
特に共感したのが、KINOPPIが掲げていた“みんなができることを持ち寄りながら支え合う”という考え方でした。
倉橋:フィジーで感じた“ビレッジ”の感覚と、キノッピの考え方が、自分の中ですごくリンクしたんですよね。誰か一人が全部支えるんじゃなくて、それぞれができることを少しずつ持ち寄ればいい、という感覚です。
最初は、“福祉業界未経験でもできる”って聞いて、本当に?とは思いました(笑)。でも、“特別な資格や経験がある人だけがやるものではない”という考え方にすごく共感したんです。
また、比較的安定した経営モデルであることも、踏み出しやすさにつながったといいます。
倉橋:利用者さんをしっかり見つけることができれば、比較的安定した経営がしやすいモデルだというのも、踏み出しやすかった理由の一つでした。
もちろん、一人ひとりの人生を支える責任の重さは感じています。
それでも、やりがいのほうが大きかったと倉橋さんは話します。
倉橋:学校って、3年間で卒業したら一区切りなんですよね。でも、グループホームはもっと長いスパンで関わっていく。責任感もありますけど、その分、“人生にちゃんと関われている感覚”があります。
実際にやってみて、一番大変だったのは「人」

現在は複数のホームを運営し、約50名のスタッフが関わっています。
倉橋:大変なのは、やっぱり人のマネジメントですね。誰かが横についてずっと教えてくれるわけではないので、どうしても自己流になっていくこともあるんです。だからこそ、“どうやってチーム感を作るか”はすごく意識しています。
その中で大切にしているのが、“スタッフの声をちゃんと聞くこと”。
現場で働いている人が感じている違和感はとても大事なので、意見はなるべく吸い上げるようにしているそうです。
また、相談支援専門員との情報共有も大切にしています。
倉橋:こちらから積極的に様子を伝えるようにしています。定期的に、“最近こういう様子です”とか、“こんな変化がありました”とか。やっぱり、関わる人同士でちゃんと共有していくことが大事だと思っています。
「役に立てて嬉しい」と思える人を増やしたい
運営を続ける中で、倉橋さん自身も大きなやりがいを感じていると話します。
倉橋:利用者さんやスタッフさんから“助かった”と言ってもらえると、やっぱり嬉しいんですよね。“求められている”感覚もありますし、“誰かの役に立ててよかった”って思えます。
そして、その感覚を持てる人が、もっと地域に増えてほしいと考えています。
倉橋:グループホームを増やしたい、というより、“誰かの役に立てて嬉しい”って思える人が増える社会になるといいなと思っています。グループホームを始める人が増えれば、その分、地域で働く人も増えるので。
“福祉の仕事を増やす”というより、“地域で支え合う人を増やす”。
そんな感覚に近いのかもしれません。
「地域で暮らせる」が当たり前になる社会へ
最後に、これから実現したいことについて伺いました。
倉橋:障がいがあるから施設、ではなくて、“地域で暮らす”がもっと当たり前になるといいなと思っています。そのためには、専門職だけじゃなくて、地域の普通の人たちが自然に関われる仕組みが必要なんですよね。
未経験でも関われる。
副業でも始められる。
地域の人が少しずつ関われる。
その積み重ねが、“地域で暮らし続けられる社会”をつくっていく。
倉橋さんの言葉からは、そんな未来への確かな実感が伝わってきました。
<関連リンク>
倉橋さんが経営する京都府京都市のグループホーム「ケレケレの家」
https://kelekele-home.com/
KINOPPIが運営する「障がい者グループホーム経営サロン」
https://kinoppi-salon.com/